年      表
年号 所属 管理 西暦 日付 出雲日御碕灯台の沿革 航路標識の進歩と内外の出来事
明治           1868 明治維新
        1869 日本初の洋式灯台(神奈川・観音埼)
          民部大蔵省灯明台局
        1874 ベルが電話を発明
        1885 逓信省灯台局・太政官制の廃止
      1889 揮発油灯を光源に採用(関門海峡)
逓信省 航路標識管理所       明治20年代中頃 日御碕村農会の主唱で灯台建設の請願 1891 逓信省航路標識管理所
          1892 日本初の灯浮標を設置(東京湾)
1897 明治30年 6月30日 明治31年度以降の灯台建設の予算編成の参考とするため 1894 日清戦争(〜1895)
    航路標識管理所・野沢房迪が高島、温泉津、日御碕を測量(山陰新聞) 1896 マルコニーが無線電信を発明
   12月29日 日御碕の有志200有余名署名の灯台建設請願書を帝国議会に提出(山陰新聞掲載)    
1898 明治31年 5月25日 日御碕及び温泉津灯台建設請願書を帝国議会に再提出(山陰新聞掲載) 1898 日本初の水銀層式レンズ回転機器(島根・馬島灯台)
  8月 5日 灯台建設、経費の都合で来年度に延期(山陰新聞)    
    1899 明治32年 3月26日 日御碕灯台の建設請願書、有志143名の連署を県庁から逓信省へ進達(山陰新聞掲載)    
    1899 明治32年 8月26日 日御碕灯台建設地調査のため、航路標識管理所の所長・草間時福、技師・中尾昌清、    
    技手・羽仁静修、書記・長谷川善太郎が松江入り(山陰新聞)    
1900 明治33年 3月23日 測量作業ほぼ終了(山陰新聞)    
    1900 明治33年 9月 灯台建設のための日御碕航路標識建築事務所を開設(山陰新聞)    
      10月28日 建設用地取得(日御碕神社より譲渡)    
  11月16日 灯台起工    
    1901 明治34年11月 8日 航路標識管理所所長・草間時福、建設現場を視察、 1901 日本初の自家発電及びアーク灯(尻屋埼)
        工事順調、35年度中完成予定、倉庫2棟ほとんど竣工(山陰新聞)    
1902 明治35年10月 灯台立ち上がり、11月1・2日頃足場撤去。他の工事も翌年1月完成予定(山陰新聞)    
    1903 明治36年 3月15日 落成式「横浜航路標識管理出張官の緻密なる監督と熟練なる技術とにより    
        当初の予定より意外に進捗し今や精巧完美なる建築を竣ふるに至れる」(山陰新聞)    
    1903 明治36年 4月 1日 日ノ岬燈臺初点灯・管理事務所日ノ岬燈臺発足(航路標識看守3名、傭人1名) 1903  
          1904 日露戦争(〜1905)
      光度光源 6.45万燭光(ドーテー式四重芯石油燈) 1904 日本初の石油蒸発白熱灯(大分・水ノ子島)
    簡易気象観測業務を開始(昭和33.5.31廃止) 1908 アセチレンガスを光源に採用
      1910 日本初の白熱電灯(三重・神島)
      1911 日本初の商用電源導入(三重・四日市)
大正 1914 大正3年 7月16日 光度変更 17.2万燭光(チャンス五十五粍石油蒸発白熱燈) 1912 山陰本線開通・大社線開業
      1914 第一次世界大戦(〜1918)
    1918 大正7年 2月 4日 光度変更 60万燭光(チッソ電球) 電化に伴い効力増大 1917 大型電球(1000ワット)を光源に採用
          1921 国産初の大型閃光フレネルレンズ(島根・西郷岬)
          1923 関東大震災
昭和           1925 ラジオ試験放送開始
1935 昭和10年 2月11日 出雲日御碕灯台と改称(和歌山の紀伊日ノ御埼灯台と区別のため) 1939 第二次世界大戦(〜1945)
        1941 太平洋戦争(〜1945)
    (太平洋戦争中) 空襲の灯火管制のため灯火に遮蔽板を付けて光を隠し、灯塔は迷彩色となる 1941 海務院航路部
        1944 運輸通信省灯台局
        1946 日本国憲法発布
海上保安庁 1948 昭和23年 5月21日 海上保安庁発足 1949 船舶気象通報業務を開始
1951 昭和26年 9月 1日 暴風標識信号所業務を開始(昭和34.5.31廃止) 1951 大社町発足(日御碕村を含む5町村合併)
航路標識事務所 出雲日ノ御碕 1953 昭和28年 8月 1日 管理事務所を出雲日ノ御碕航路標識事務所に改称 1953 航路標識事務所を設置(全国254箇所)
1954 昭和29年 3月30日 電動分銅巻揚装置を設置(分銅の巻き上げ作業自動化) 1953 テレビ国内放送開始
1955 昭和30年 7月28日 光度変更 46万燭光(A−3白熱電球) 1955 日本初の自動式自家発電(伊豆七島・新島)
1960 昭和35年 3月25日 電動回転装置を採用(分銅巻上装置廃止)、非常用発電装置を設置(停電時でも点灯) 1959 日本初の太陽電池式灯台(周防筏瀬灯標)
出雲日御碕 1962 昭和37年 4月 1日 管理事務所を出雲日御碕航路標識事務所に改称 1963 日御碕・出雲大社が大山隠岐国立公園に編入
      1965 日本初の波力発電式灯浮標(大阪・泉北港)
1974 昭和49年 1月25日 管理事務所を灯台から大社町杵築西に移転 1972 日御碕海岸が海中公園に指定される・沖縄返還
  3月31日 消灯点灯を自動化、有線式灯台監視装置(日本初)を設置    
航路標識事務所 大社   4月11日 管理事務所を大社航路標識事務所に改称 1977 米ソが200海里漁業水域を設定
  5月10日 直接管理から巡回管理に変更 1975 ハロゲン電球を光源に採用
      1983 浮標式の変更開始(平成元年で終了)
平成 1992〜4 平成4、5年度 灯塔耐震補強と塗装工事を実施(石造の目地材取替え工法) 1990 JR大社線廃止
      1995 阪神淡路大震災
1997 平成 9年12月12日 光源変更 46万カンデラ(メタルハライドランプ)    
1998 平成10年 6月 国際航路標識協会の「世界の歴史的に特に重要な灯台100選」に選ばれる    
海上保安部 浜田 2001 平成13年 4月 1日 管理事務所を浜田海上保安部に変更    
2002 平成14年 2月15日 風向風速データの提供開始    
  4月 1日 実効光度採用 閃光48万カンデラ    
2003 平成15年 4月 1日 灯台建設100周年、記念として無人化で廃止された日時計が復活 2003  
2005 平成17年 4月 1日 管理事務所を海上保安部に変更 2005 3月22日出雲市発足(大社町を含む2市4町合併)